歩道橋 / うねる海 / おんなじだな

歩道橋

 

飴玉みたいな夕暮れ時の太陽が、雲の谷間に転がり落ちてゆく。

手を振っている間に見えなくなったから、乾いた空気が夜の気分を連れてきた。

街のどこかで鳴いている、寂しがりやはないものねだりしている。

 

たくさん触れておけばよかったって、思っている。

もう戻れないから、「ありがとう」と、心の中に思い描く。

 

ウィークエンドは終わったよと、空に放り投げたジェリービーンズが綺麗。

雲の形は変わって、やがて消えてなくなる。朝昼晩と、変わりゆくぼくの気分みたいに意味はない。

大きく息を吸って、少しのあいだ止めてみる。

横断歩道の白いところだけ踏んでいたら、黒い穴に落ちないままどこかへ行けるような気がしている。

 

たくさん触れておけばよかったって、思っている。

もう戻れないなら、「ありがとう」と、無理にでも声にする。

 

歩道橋の上に立って、好きな歌を歌いながら車が行き交うのを眺めている。

すれ違うだけの車の真上で、ぼくの物語も交錯している。

移る季節の真ん中で、朝も、夜も、上手く捉えられないなら逃げるのもいい。

どこに逃げても、ぼくはいつまでもここに居て、転がり落ちた夕暮れがここをどこかに変えてゆく。

 

たくさん触れておけばよかったって、思っている。

もう戻らないから、「ありがとう」を、歩道橋から放り投げた。

 

 

 

 

 

うねる海

 

船に乗って、海とひとつになってみる。

うねる、うねる、うねる。

膨らんではまたもどり、もどっては膨らんで、そうして揺らいでいる。

とても安らかで、穏やかな、母の胎内。

視線を移すと、水平線はうそみたいに真っ直ぐ。

 

生クリームのしぶきが海をかきわけている。

母の羊水から出たばかりなのに突然、甲板の上に立っている。

海に飛び込めば簡単に死ぬだろう。

うねる、うねる、うねる。

私の足は、うそみたいに頼りない。

 

船に乗って、海とひとつになりたくて。

じっと見つめる。

私は、うねる海の上で、揺れる船の上で、海とひとつになりたくて、頼りない足で立っている。

私は、濡れたまつげで、うねる海をじっと見つめる。

海に飛び込めば簡単に死ぬだろう。

海とひとつになれないだろう。

うねる、うねる、うねる。

頼りない足で、うねる海の上、立っている。

 

 

 

 

 

おんなじだな

 

猫が足を踏み外して、家の塀から落っこちた。

おれとおんなじだなって、声をかけようとした瞬間に猫は何食わぬ顔であっち行った。

むかついたから風俗行って、オプションなしの1時間コースで9000円。

可愛くも特別ブスでもない女だったが、最後の方に突然泣き出した。

むかついたけど、不完全燃焼で終わるのも嫌だったので、「おれとおんなじだな」って慰めてやった。女が泣き止みそうになる頃に時間終了。すっかり萎えちまった。

むかついたからパチンコ行って、煙草をふかしていたら隣の台が大当たりして、惨めになって店を出た。

アパートに帰ると、駐車場の前で猫たちが集まっている。

近付くと一目散に逃げられて、おれは駐車場の中央で突っ立っていた。

 

おんなじだな、って言ってくれ。

だれか、おんなじだな、って言ってくれ。

おれは、おれとおんなじだから、おれがおれに言ってやる。

おんなじだな、って言ってやる。

「おんなじだな」って口にしたら、なんだか鼻汁が出てきて、すすっている内に猫が来た。

みゃーみゃー鳴いて、言っている。

おんなじだな、って言っている。