大晦日と浴室

この家の中で最も安心できる場所が風呂場だ。

いまは午前一時過ぎで、居間に敷いた布団の上で兄夫婦とその子供たち――私にとっての姪と甥――は死んだようにぐっすりと眠っていた。その居間とふすま一枚で仕切られた和室では、今月生まれたばかりの姉の子供が、姉と一緒に眠っている。

私は二階にある自室から、薄い氷の上を歩くかのようにそろりそろりと一階に降り、風呂場に向かった。途中どうしても居間を通る必要があり、明かりの点いていない真っ暗な部屋の中を、スマートフォンの光で照らしながら進んだ。ドアの開け閉めは、落ちている埃が一つも舞わないのではないか、というくらい慎重に行った。洗面所のドアを完全に閉めてから、わざとらしく大きなため息をつく。

ああ、年末年始は碌なことがない。実家になんか、帰ってきたくなかった。

憂鬱な気分に浸ろうとしたが、そうするには洗面所はあまりに寒すぎた。私は足裏を守るようつま先立ちになりながら、急いで服を脱いだ。裸になると、脱いだ服を洗濯機に入れることもせずそのまま風呂場に入り込んだ。

浴槽のふたは開けっ放しになっていて、風呂場は温かな蒸気で充ち満ちていた。視界がわずかに、ゆらりと揺れたような気がした。寒さに硬直していた体が、糸を緩めたようにだらしなく弛緩していく。風呂椅子に座ると、曇った鏡越しに呆けたような女の顔が映った。

 

 

二つ上の姉が、電話越しに結婚と妊娠を同時に告げたのは、今年の二月のことだった。

「あたし、結婚するから。お腹に赤ちゃんもいる」

「そう」

「……驚かないの? 次は絶対あんたの番だって、口うるさく言われるよ」

「うん、だろうね」

もともと、「結婚しろ、孫の顔を見せろ」とうるさかった両親が、姉の妊娠を機に一層煩わしくなるだろうことは目に見えていた。

八つ上の兄が結婚し、子供を生んだときは、まだ私は姉のことを隠れ蓑にすることができたが、姉が結婚しては、それももうできない。

隠れ蓑のない私は、帰省することをなるべく避けた。春も帰省せず、夏になっても帰省しないと言い張る私に、母はしつこく電話をかけてきた。

「お盆休みくらいとれるでしょう。どうして帰ってこないの」

「……友達と遊ぶので忙しいの」

「あんたね、友達なら週末に会えばいいじゃない。流石に年末は帰ってくるんでしょうね」

「年末? お母さんまだ五月だよ? どうしてそんな先の話いまからしなきゃいけないの」

「だってあんた、お盆に帰ってこないなら年末くらいしかないじゃない。その頃には十和子の子供だって生まれてるだろうし、お正月には実篤叔父さんも帰ってくるんだからね」

「実篤叔父さん? インドからわざわざ?」

母はそうよ、と自信たっぷりに言った。インドから岩手に比べたら、千葉から岩手なんて大したことないでしょう、と。私は何も言えなかった。

「とにかく、年末には絶対帰ってきなさいよ。じゃあね」

電話は一方的に切られて、ツー、ツー、という機械的な音が耳に虚しく響く。悪いのは私ではないはずなのに、なぜか私は、イタズラをして叱られた子供のようないたたまれなさを感じていた。

その電話以来ずっと、年末年始のことを想像するだけで、私は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。

親戚の集まりがこんなにも重視されるのは、私が岩手の片田舎で育ったせいだろうか。毎年毎年正月になると、長男である父の家には親戚が山のようにやってきて、それぞれの仕事の話や、土地の相続の話など、それこそ毎年同じような話が繰り返される。そして最後には決まって、「結婚はまだなのか」「子供を生むなら早い方がいい」という話を、親戚の皆からされるはめになる。

去年まではターゲットが姉に集中していたからまだよかったものの、今年からはその矢印が全て私に向くと考えると、身の毛のよだつ思いだ。私はその矢印を、ぎこちない笑顔で全て受け止め、「そうですねえ」などという曖昧な相槌でやり過ごさなければならない。

帰らない、という選択肢も一瞬頭に浮かんだが、そんなことをしては親戚中にどんなことを言われるかわからない。何せ、インドで仕事をしている叔父まで帰ってくるというのだ。

結婚とか子供とか、ほとんど私には呪詛のように聞こえる。

 

 

頭を洗い、体を洗う。

シャワーで流しきれなかったわずかな泡を、浴槽のお湯を汲んで、体にかけることで洗い流す。湯は私の体に沿うことなく、意思的に真っ直ぐ落ちていく。

風呂桶を置いてから湯船に足先を入れる。温度に驚かないように、ゆっくり体を浸していき、最後には肩まで浸かる。しばらくそうしていると、血液が指や足先の毛細血管まで開ききったように流れて、体が熱くなるのを感じた。窓に結露した蒸気が大きな水滴となり、蛇行しながら磨りガラスを下降していく。

誰も侵入してくることのない、安心な空間。風呂場だけは、実家であろうと安心することができる。

いつから、こんなに家族のことが嫌になったんだろう。いつから、実家がこんなに居心地の悪いものになったんだろう。

ゆらゆらと照明の光を反射しながら、水面の下で自分の手がいつもより大きく見える。両の手のひらで湯を掬うと、はたはたと雫が落ちていき、やがて手のひらの皿は空っぽになった。

結婚ってそんなにいいものだろうか。まだ二十四なのに、子供のことなんてもう考えないといけないんだろうか。

幼い頃は、年をとればとるほど、色々なことがわかるようになると思っていた。父の仕事の話や母の世間話が、わかるようになると思っていたけど、現実は逆で、大人になるほど彼らの言うことがわからなくなった。当たり前だけれど、私と父は違う人間で、私と母も違う人間で、分かり合うどころか、考え方の違いをどんどん受け入れられなくなった。違いに向き合うほど、彼らの古臭い考えを拒否したくなった。

実家を離れて、一人で暮らすことはとても楽だ。離れて、家族や親戚と都合のよい距離を保つこと。父と母には感謝している。私をここまで育ててくれたこと。でも、近くにいると辛くなるのだ。近づくほど、嫌いになる。

息を大きく吸い込んで、湯の中に沈み込んでみる。周囲の沈黙すら遠ざかって、自分の心臓が脈打つ音が聞こえる。

不思議と苦しくなかった。ゆっくりと数を数える。いち、に、さん、し、ご、ろく。息を口から一気に吐き出すと、遠くの方で太鼓を叩いたような、くぐもった音が聞こえて、私は泡と一緒に勢いよく湯船から顔を出した。

 

 

風呂からあがり、体を拭いて自分の部屋に戻る。居間を通るときは、空き巣に入ったかのように足を忍ばせる。それぞれ二歳と五歳になる姪と甥は、兄と義姉に挟まれてぐっすりと眠っていた。

電気ストーブを点けたままにしておいたおかげで、二階の自分の部屋は暖かいままだった。スマートフォンを手に取って、明かりを消してから布団の中にもぐり込む。スマートフォンは暗がりの中で見ていると、その明るさにときどき驚いてしまう。手のひらで光る、ぼんやりと青白い光を眺めている私は、客観的に見たらきっと酷く醜いのだろうな、と思う。

画面の照度を最小にしてからTwitterのアプリを立ち上げると、深夜であるせいかタイムラインの流れは遅かった。タイムラインの一番上、つまり最新の呟きは、Twitter上でのみ繋がっている、「自称」専業主婦のアカウントのものだった。彼女が本当に専業主婦なのか、私が知る術はない。その人の呟きの内容は、『何でも質問してください』という文言と共に、「質問箱」というサービスに繋がるリンクが張ってあるものだった。「質問箱」は最近流行っているサービスで、要は匿名の質問を送ることのできるサイトのことだ。

私は正直、「質問箱」なんてTwitterに投稿する人の気がしれないと思っている。有名人じゃあるまいし、自分に興味を持つ人間がそんなにたくさんいるとでも思っているのだろうか。

その専業主婦のことは、好きな歌手やアイドルが似ていたからか、フォローされたのでフォローし返しただけだった。彼女のアカウント名は、『Towa』。プロフィールページに飛ぶと、案の定、質問箱からの質問はほとんどきていなかった。数少ない質問は、『何カップなんですか?』とか、『旦那さんはなんの仕事してるんですか?』といった、下らない質問ばかりだった。それに対して、その専業主婦は恥ずかしがったり、嫌がる素振りを見せながらも結局は応じている。私は、我が意を得たりとばかりに、彼女のツイートを遡っていった。こんなサービス、自己承認欲求の強い人が堂々とその欲を満たすためのものに過ぎない。

しばらく彼女の過去のツイートを眺めていると、リアルタイムで彼女が新たに呟いたことに気づいた。

『暇だから、なんでもいいから質問してください』

私は思わず苦笑する。それからつい、ただの気まぐれで、そのツイートのリンクボタンを押してみた。『早速なにか質問してみましょう』という言葉と、その下に空欄の表示された画面が表示される。

少し考えてから、この専業主婦の暇つぶしに付き合ってあげることにした。本当は専業主婦なんかではなく高校生かもしれないし、そもそも女ではなくおじさんかもしれないし、誰なのかもわからず、たまたまフォローしていただけだけれど、半ばボランティアみたいな気持ちで質問を送ることにした。

『Towaさんは、年末は実家に帰ってるんですか?』

フリック入力でそれだけ書くと、私は雑な手つきで、『質問を送る』ボタンを押した。

返事はすぐにきた。

『はい、今月産んだばかりの娘と一緒に実家に帰っています』

新しい呟きが、私の送った質問の画像とともにタイムラインに流れる。

あきれた、と思う。産まれたばかりの娘がいるのに、携帯なんていじっている暇はなかろう。それとも、本当はやはり専業主婦なんかではないのかもしれない。

もう一度質問画面に飛び、質問を送ってみる。

『娘さんが産まれたばかりなのに、携帯なんていじってる暇あるんですか?』

いじわるな質問を送ってしまったから、無視されるかと思った。しかし予想に反して、返事はすぐに呟かれた。

『もうすぐで授乳の時間ですが、娘がぐっすり眠っているので大丈夫です』

思ったより普通の返事が返ってきたので、なんだか拍子抜けした。そして、そんな風に感じている自分を、意地が悪いとも思った。

想像しているより、普通の人なのかもしれない――。

我ながら単純だけれど、返事の文面を見てそう思った。

時刻はすでに午前二時半を回っていたが、私は勢いに乗って、さらに質問を送ってみた。

『Towaさんは実家が好きですか?』

やはり間を置かず、彼女はすぐに呟いた。

『実家は正直、あまり好きではありません。でも年始に親族が集まるので、帰らないわけにはいかなくて、仕方なく帰っています(笑)』

私はしばらくのあいだ、画面に見入ってしまった。文字のひとつぶ、ひとつぶが、転がるように私の中に入ってきて、内側で私にくっついた。口の中で小さく、返事の文面を復唱する。「実家は正直、あまり好きではありません。でも年始に親族が集まるので、帰らないわけにはいかなくて、仕方なく帰っています」

同じだ、と思った。私と同じだ。

どこの誰だか、顔も、年齢も、住んでいる場所もおそらく違う人が、私と同じようなことを感じている。

その事実は、私の思い込みかもしれなかったが、私を少なからず驚かせ、同時に慰めた。

私は彼女のことをもう、非常識で自己承認欲求の強い専業主婦だとは思わず、心の暗い部分を分け合った近しい存在のように感じた。

私はもう一度、質問箱のリンクへと飛び、空欄部分を文字で埋めた。思いの外長い文章になってしまったが、匿名であるということが私に勇気を与え、私は返事がくるよう半ば祈るような気持ちで、『質問を送る』ボタンを押した。

タイムラインを一番上までスクロールしてから、何度も画面を指で下に引っ張る。十二回目の更新の操作をしたところで、私の質問の文とそれに対する返事が、タイムラインに現れた。

『Towaさん、何度も質問してすみません。私もいま年末で実家に帰っているのですが、年始にある親戚の集まりが嫌で仕方がありません。私はまだ未婚ですが、両親や親戚から毎年、「まだ結婚しないのか」と責め立てられます。実家の居心地がすごく悪くて、そして毎年これが繰り返されることを考えると、とても辛いです』

質問ともいえないようなその文に対する返事は、びっくりするほど短かった。

『逃げちゃえばいいんじゃないんですか』

簡潔で無責任なその言葉が、私の胸を打った。逃げちゃえばいいんじゃないですか。

トンネルの中で大声を出したみたいに、頭の中で言葉が反響する。そうか、と思った。そんなに嫌なら、逃げちゃえばいいんだ。そんなことをしたらどうなるとか、色々と考えるよりももっと、物事は簡単なのだ。嫌なら逃げるか、逃げないで嫌なことを受け入れるか。

実際に行動に移すことなんて、しっかり考えたことがなかったけれど、逃げるという選択肢だって、私にはあったんだ。

妙にすっきりと澄んだ頭で、私はTwitterの画面を閉じ、代わりにインターネットの画面を開いた。夜行バスのサイトに繋いで、岩手から東京へと向かう便を検索する。いまは、大晦日の午前三時。夜行バスの中で年を越したい人はそう多くないらしく、当日にも関わらず、大晦日発の夜行バスは空きがまだ四席もあり、価格も3,200円と、とても安かった。

予約画面に飛んで情報を入力し、予約を完了させる。それからスマートフォンを切って、充電器に繋いだ。

布団に再び潜り込むと、直前までスマートフォンの画面を見ていたからか、瞼の裏に四角や三角の星が瞬くような気がした。

 

 

姉の十和子から電話がかかってきたのは、正月の気配も街からすっかりなくなった一月の末のことだった。

「もしもし、お姉ちゃん? どうしたの」

私はちょうど自分の家で、風呂に入っているところだった。いつものようにスマートフォンを浴室に持ち込んでいたので、電話にはすぐに出ることができた。

「もしもし沙耶? どうしたのじゃないわよ、あなたふざけてるの?」

姉は口にした言葉と相反して、いまにも笑い出しそうな声で言った。

「ふざけてるのって……、何が」

私は姉が何について言っているのか、わざと知らないふりをする。

「いまのいままで音信不通だったじゃない。正月のあいだ中、何度うちの親があんたに電話かけたことか」

「三十七回よ。はじめてこんなに不在着信溜めちゃった」

そう言うと姉は、我慢できなくなったようにあははと笑った。

「あたしもこの電話、繋がるとは思わなかったもん。でも繋がってよかった」

うん、と私は言って、スマートフォンを持っていない左手で湯船の湯を掻いた。ちゃぽん、と間抜けな音が響く。

「……あんたいま、お風呂入ってるの?」

「うん。でもどうして」

「水の音がするもの。それに声がやたらと響いて聞こえる」

そう、と答えて、再び私は湯を掻く。ざば、じゃば、ちゃぽん。姉には、こちらから電話をかけようと思っていた。聞きたいことがあったけれど、こちらから切り出す勇気がなかった。

「お姉ちゃん。お父さんとお母さん、何か言ってた? 私、勘当されちゃったかな」

勘当される、というのは、半分は冗談だったが、半分は本気だった。それくらいのことを、彼らはするのではないか、と私は恐れていた。

姉は、「沙耶さあ」と言って、少しのあいだ黙った。私は緊張と諦めを浮かべながら、姉の次の句を待った。しかし姉の言葉は予想外のものだった。

Twitterって、やってる?」

「は?」

「だから、あんたTwitterやってる?」

「……やってるけど、なんで、いまそんなこと」

私は戸惑って、言い澱んだ。姉は受話器の向こうで、少し微笑んだ気がした。確かではないが、そんな気配がした。

「多分だけどさ、大晦日の日に質問箱で質問送ってきたでしょ。実家の居心地が悪いんですって。あのアカウント、あたしだから」

姉は得意気な様子で、すらすらと話し続けた。

「ほら、アカウント名のTowaって、十和子だから、Towaなんだし。気付かなかった?」

私は口からあぁ、とも、うぅ、とも言えない相槌を発した。驚いて、何を言えばいいのかわからなかった。少ししてようやく冷静になり、

「……でも、どうしてあの質問が私だってわかったの? あれ、だって匿名じゃない」

と姉に尋ねた。

「あたしも、最初はまさか、と思ったわよ。実家での親戚の集まりが嫌な人なんて山ほどいるだろうし。でも、あたしが質問箱で、『逃げればいいじゃない』って返事したその日に、あんた実家からいなくなったから、もしかしたらそうかなって」

私は再び、あぁ、とも、うぅ、ともつかない相槌を打った。こちらの声はきっと浴室内でよく響いて、姉の耳に間抜けに聞こえるだろうと思った。

「お父さんもお母さんもね、沙耶のこと怒ってなんてないわよ。ただいきなりいなくなったから、すごく心配してる。……ううんごめん嘘。二人ともちょっと怒ってる。でも、勘当なんてするわけないよ」

「そうかな。私は、あの人達がよくわからないから」

「あたしもさ、結婚して子供産むまでは、あの人達は自分のことなんてどうでもいいんだろうなって思ってた。ただ結婚して、子供産んで、『一族の繁栄に貢献させるための存在』としてしか見てないのかと思ってた。でもそれは違って、あの人達は単に視野が狭いだけなんだよ。結婚して、子供を産むことこそが幸せなんだって、思い込んでる。子供たちが幸せになってほしくて、そう言ってるだけなの」

「うーん、そうかな。だとしたら見当違いも甚だしいけど」

「そういうもんよ。まあ、あたしは結婚も出産もしたから他人事で言えてるだけかもしれないけど。兎に角、あたしが言いたかったのはそれだけ。声聞けてよかった、またね」

電話を切ると、ほっとしたのか肩の力がゆるゆると抜けたのがわかった。浴槽から出ないまま、手を伸ばして洗面台にスマートフォンを置く。

足を伸ばして、つま先を湯船の上に出す。足の爪に、昨日塗った藍色のペディキュアが夜みたいに光っていた。

両親が私のことを想っているのなら、私は一体、何から逃げたんだろう――。

両親や親戚の、「結婚や出産が幸せ」という価値観を、私が変えることはできないだろう。その違いに向き合うことから、私は逃げたのかもしれない。正面から向き合うのは、あまりに疲れるから。

浴槽の底にある、新月の月のように黒く丸い栓を抜くと、溜まったお湯が栓の外れた穴に轟々と流れ込んでいく。水位が低くなってくると、渦を巻くようにしながら残りの水が消えていく。この小さな栓ひとつで、これだけの量のお湯を塞き止めていたということが私には不思議だった。

体についた水をバスタオルでふき取って、化粧水だけつけてから髪をドライヤーで乾かす。パジャマに着替えて、部屋のベッドの上に腰かける。浴室に持ち込んだせいでわずかに濡れたスマートフォンを、バスタオルでぬぐってから実家の電話番号を押す。

違いに向き合うことが疲れるのなら、せめて同じ方向を向いていたい。

父に何を言うか、母に何を言うか、頭の中で上手くまとめられないまま、私はいつまでもいつまでも、電話の呼出音を聞いていた。