ぼくの『東京と今日』

"君が居ない 君がいる 繰り返すだけ

 君と別れて また別の君を愛した"

大森靖子 『東京と今日』

 

 

仙台に生まれ育った。

母も父も大好きだった。兄のことも姉のことも、好きだった。

高校の友達のことも、好きだった。

 

でも、仙台から離れたかった。

どうしてかわかんないけど、大学はなるべく遠くに行きたいと思った。

誰もぼくのことを知らない土地で、見知らぬ人に会って、生活したいと思った。

ゼロからすべてが始まるのは、怖いよりもワクワクした。

近所のセルバに寄ったら中学のときの同級生に会うとか、高校の同級生と大学でも一緒に行動するとか、嫌だった。

 

大阪に行きたいと思った。

遠い場所だし、文化や雰囲気も全然違って、今とは何もかもが変わるような気がした。

母は遠くに行くことを寂しがったが、ぼくの希望は強かった。

大学で何をするかとか、どうでもよかった。

ただ、遠くに行きたかった。

 

第一志望にした大阪の大学には、落ちてしまった。

自分の学力レベルなんて気にせず土地で選んだから、ちょっと背伸びし過ぎたようだった。惜しかったのだけど。

後期日程で、学力的にちょうどよかった千葉の大学には受かった。

「千葉なんて」と、あまり乗り気じゃなかったけど、ひとり暮らしできることは嬉しかった。

家族も友達も好きな人も、ピアノも好きなゲームも漫画も、慣れ親しんだあの道もあの橋もあの坂も、ぼくの世界のすべてだった仙台を離れて、ぼくは千葉に来た。

大学で、ゼロから作るんだと思った。

不安だけど、ぼくひとりで作るんだと思った。恋愛だって自由にしたいし、何もかもが冒険だと思った。ワクワクした。

 

家を離れる前に、言うべきだと思った。

今を逃したら、一生言い出せなくなるような気がした。それは嫌だった。

母と姉に、自分がゲイであることを告白した。

夏に帰省した際には、父と兄にも同じく告白した。

けじめがついた、という感じがした。

さらにひとつ、自由になった気がした。

 

千葉からは、電車一本で東京に行けるということを知った。

電車に三十分も揺られれば、そこはもう東京だった。

東京には、なんでもあると思った。なんでも。

物も、文化も、人も、なんでも。

 

君に出会った。

好きになって、告白をした。

人生で初めての失恋をした。大泣きしながら、友達と電話して、たくさん慰めてもらった。

君にお別れを告げた。

 

君に出会ったり、違う君に出会ったり、君に出会ったりした。

友達は増えていった。君とはもう随分、長く一緒にいるような気がした。

街ですれ違うように、短い付き合いだった君もいた。

でも、君はずっと居てくれるから、平気だった。

 

やがて、君とお別れすることになった。

君とも、君とも別れて、それでも、君とは一生ずっと一緒にいようねって言った。

長い付き合いの友達だった君とは、だんだん疎遠になっていった。

 

ずっと一緒にいようねって言った君とも、お別れすることになった。

気付いたら、母とも父とも、兄とも姉とも、高校の友達とも誰とも、遠い場所に来てしまっていた。

すれ違って、すれ違って。君を見つけて、君と別れて。

 

なんでもあると思ってた東京には、なんにもなかった。

それでもまた、新しい君に会って、嬉しくなってしまう。願ってしまう。

 

この街で、なんかしたいって思ったんだ。

君が居ない、君がいる、君が居ない、君がいる、君が居ない、君がいる。

ひとりぼっちぶったり、君が居なくなったり、孤独を受け入れたり。

遠くに光る、あの人を、見つけたり。

 

この街で、「なんかしたい」って思ったんだ。

ぼくが、ぼくに出会ったこの街で。

信じたことだけが本当になる、この街で。

 

"僕はもう大人だから願いごとは僕で始末をつけるのさ"

 

ひとつひとつの貴重な縁を、大切に結んで、今日と今日を繋ぎ合わせてるんだ。

空に叫んだりしながら、ぼくはもう大人だから、ぼくの願いを胸に描いたり刻んだりしてくんだ。