浮遊する覆い / 遠い国の話

浮遊する覆い 

 

ねえ 別れようとおもえば いつでも別れられるよね私たち

紫の車が光に照らされて 水溜りに浮く油のよう 艶やかに 夜の中

 

ねえ 意味のない会話を いつまで続けるだろう私たち

道行く人のコートが体に触れて 居酒屋の看板のよそよそしい白さ 夜の中

 

 

思い出ばかり

 

 

傷つきたくない

人生に保障なんてない これっぽっちもない

なら どうせなら ちゃんと傷つきたいよ

あなたが相手なら

 

 

細く長い道が濡れている

 

ここに立ち尽くしている私を見て

 

 

声を嗄らす気力も 涙を涸らす体力もないから

 

もうなんにもない私を見て

 

 

言葉尽くすほどに心遠ざかるからって

 

いまは黙った 私を見て 

 

 

 

 

 

 

 

遠い国の話

 

あれはまだうら若き夏の始まり

アスファルト踏みしめて坂道を上る私が君の家に

煙草の灰がソファに落ちるのも気にせず

肩を並べたふたり 香のにおいに捲かれてする 遠い国の話

静かな呼吸と、吸い殻の煙と、遠い国の話

部屋の空気に溶けて すべては幻

 

何もわかってはいない私の話し声

雨に濡れた渋谷の地下にあるバー

酔うことも眠ることもできない君が

忘れることだけできる私の話し声

 

物知りな君がまだ知らないのは 私が話していない世界

あのうす青色の花の名前はプルンバゴ

君の嫌いなアルコール度数の高い安酒に溺れても忘れられない

新宿アルタ前に捨ててきた 私の話

 

君のことを思い返すのはいつも夜

 

 

今はもう老い屈まった冬の始まり

電車の窓から見える景色にこびりついた執着を

上塗りするようにかける電話

しらじらしい街の灯りに酔いしれて

思いの丈はいつも夜色 

君と過ごす 最終局面みたいな毎日

 

君に貰った煙草の味を思い出してばかりの日々を振り子のように繰り返して

煩わしいこの錘を運命と呼ぶなら

行きつ戻りつ 戻りつ 戻りつ

最後には突き放してほしい

理解できない異国の言葉のように

これは遠い国の話だから

名前もわからない花が散って地面に敷き詰めた

君の見てきた遠い国の話だから