いつか会いましょう ~その1~

お酒が好きだ。それでついつい飲み過ぎてしまって、下りエスカレーターを最後まで駆け上がったり、電車の中でしゃがもうとしたら身体に力が入らずでんぐり返しをしたり、なんていう醜態を定期的にさらしてしまうのだけど、その日もご多分に漏れず私は相当酔っ払っていた。

 

 

1軒目はたしかスペイン料理の店で、エスカルゴとかよく知らない名前の料理なんかをつまみながらワインを数杯飲んだ。

一緒に飲んでいた友人はイタリアンだかフレンチだかの店で店長をやっていて、ワインの銘柄に詳しかった。「赤と白どっちがいい」と彼が言うので、私は「白」とこたえ、あとの細かいチョイスはほとんど彼に任せた。彼がワインを選ぶあいだ、私は目の前の料理を楽しむことに専念した。

やってきたワインは赤も白も、どちらも文句なしに美味しかった。

 

 

まだ夕方くらいから飲み始めていたから、1軒目を出ても外は明るかった。

季節は夏で、湿度の低いすっきりと晴れた日だったから、私たちは適当に辺りを散歩することにした。

西の空が橙から水色へ、水のように透き通ったグラデーションになっているのが美しかった。

 

早い時間から飲むお酒はいい。ちょっといけないことをしている気分になれるし、なによりも「まだ一日は長いぞ」という、お祭りが始まる前みたいなワクワクした心持ちになれる。

けれど、酔いは待ってくれない。

ふらふらと着色ガラスのように彩度の高い空を眺めながら歩いているうち、私は酔いが血液にのって身体中を回っていくのがわかった。

友人に、「酔った?」と訊かれて、「酔ってない。まだ大丈夫」とこたえた。

実際、意識ははっきりしていたのだけど、「酔った?」と訊かれると、私は謎の負けず嫌い精神を発揮して大抵「酔ってない」とこたえてしまう。

 

それに比べ友人は、集合する前から「お先に」と言ってワインの画像を送ってくるような人だ。「会う前からフラフラにならないでね」と返すと、「まだ4杯しか飲んでない」と返ってくる。「いつも何杯くらい飲むの? 夜が本番だからペース配分よろしく」と伝えると、「ワインなら3本くらいかな。それ以降はだいたい、ヤバくなるから飲まないようにしてる」とのこと。私は、単位「杯」じゃなくて「本」なんだ、と思って笑った。

 

 

散歩しているうちに、公園の近くにあるピッツェリアが目に留まって、彼が「入ろう」と言った。

オープンテラスになっていて、開放的な雰囲気のいい店だった。店にはお客さんが一人も入っていなかったので、「大丈夫かな」と思ったけど、友人は構わず中に入っていった。

簡素な木製のイスに腰かけると、彫りの深く色白な、日本人らしからぬ容姿の店員がやってきて注文を訊かれた。私たちは1軒目ですでに食べていたので、食べ物は軽いおつまみだけにしてまたもワインを頼むことにした。彼は飲みたかった銘柄があったようだったけど、それが店に置いていないと知って渋々違う種類のものを注文していた。

 

座ったテーブルからは、いくつも並んだ空のワイン瓶の奥に、レンガで作られた立派なピザ釜が見えた。

「ピザ食べられるお腹がなくて残念だね」などと言っていると、途中でヨーロッパ系の外国人が1人で店に入ってきてピザを注文したので、なんとなく嬉しくなった。

彼は、店の隅の方の席で、1人でむしゃむしゃとピザを食べていた。その、食べているだけなのだけど、あまりにも「外国人」然とした様子がかわいくて、私はなんだか笑ってしまった。少し酔っていたのかもしれなかった。

 

 

ワインを飲みながら、「なんのために」仕事をしているかだとか、「仕事のどういうところにやりがいを感じているか」などを、友人に対して根掘り葉掘り訊いた。あまりに仕事の話ばかりしているものだから、友人は「なんで俺こんなに仕事のこと話してんだろ」とちょっと困った顔をした。休みの日なのに申し訳なかったかな、と、私は酔った頭でぼんやり考えていた。

 

 

2軒目を出る頃には、さすがにもう外は暗くなっていた。ワインをたらふく飲んで、私は良い気分で酔っていたし、若干眠くもなっていたんじゃないかと思う。

けれど友人は、「よし、もう1軒行こう」と言い出した。断ればいいのに、私はやはり謎の負けず嫌い精神を発揮、「よし行こう! じゃんじゃん飲もう!」と行って2人で新宿へ向かった。

 

 

正直、それからのことはほとんど覚えていない。

地下にあるバルのような店で、「あの子かわいい」「あの子すごくかわいい」と同じ女の店員さんのことを友人にひたすら言い続けていたことは薄ぼんやりと記憶にあるのだけど、その後はいつの間にか、泥に沈むように眠りの方へ意識が落ちていた。

気がつくと私は電車の席に座っていて、駅員さんに「これ回送になるから起きて」と起こされるところだった。反射的に飛び起きて、寝ぼけた頭で改札に向かう。

 

後で聞いた話によると、友人は最後の店で飲んだ後、私のことをホームまで送ってくれ、そこで別れたらしい。

 

私は駅の改札前で途方に暮れていた。

まず、自分が今いる駅がどこだかわからなかった。飛び起きた駅は私が知っている駅ではなかった。眠気と酔いでぼうっとする頭の中で、どうしよう、と考える。

改札の前で立ち尽くしていると、駅員さんが近づいてきてこう言った。

「もう駅閉めちゃうから、出てもらえる?」

それに対して私は、とんちんかんな返答をした。

「ここどこですか」

「え? ここ? 武蔵小金井だよ」

「千葉行きの電車ってもうないですか?」

「もう電車は全部終わっちゃったよ」

携帯で時刻を確認すると、なるほどすでに午前1時を回っていた。

千葉に住んでいるのに、「武蔵小金井」などという訳のわからない駅にいる、というだけで十分に恐ろしいのに、もっと恐ろしいことがあった。

「あの……、すみません、財布がなくて」

 

ポケットの中にいつも入れている財布がなかった。

背負っていたリュックの中を探っても、引っくり返してもどこにも財布は見当たらなかった。

駅員さんに財布の届け出がないか訊いても、「うちにはないね~」とのこと。駅の中をざっと見回し、財布が落ちていないかを確認しても結局見つからなかった。

「うーん、とりあえず駅閉めちゃうから、いいよ。改札通って」

駅員さんはそう言うと、Suicaなしで改札の外に出してくれた。……というか、無一文のまま見知らぬ土地の真夜中に、放り出されてしまった。

 

 

 

お酒って怖いね! 続く。